人の考えは人それぞれで違う。似たような人でも違う。宗教等で他人の思考を真似していても、「真似しよう」と思ってる時点で違う。
また他人の考えは分からない。分かったようでも、それは「分かった気になっている」だけだ。自分に分かるのは自分の考えだけである。
今の世の中は、基本的にこういった考えの違いを尊重するようになっている。実態はともかく建前上はそう言っていいはずだ。
大袈裟に言えば思想信条の自由、言論の自由。俺もこんなダラブログやってるので、その恩恵を大きく受けている立場である。
意見の相違を肯定的に捉えるというのは、なかなか難しいことだ。公的にこれを唱えるようになったってのは大したものだと思う。
【私は貴方の意見について、全て反対である。しかしもし、貴方がその意見を言えなくなるような事になれば、
私は絶対にそれに従わず、全力でそれに対抗し、貴方の意見を守ってあげる】
「言論の自由の完璧な定義」として昔何かの本で読んだ言葉である。今調べたらフランスのヴォルテールという哲学者の言らしいな。
実に素晴らしい。俺も全面的に同意する。批判も肯定も全部自由さ。……あん? この糞駄文ブログ? ンだとコラァ!! ……チッ。はぁ。
……が。本当に思想信条の自由を徹底すれば、そもそも人間社会が成り立たない。その意味ではこんな言葉は酷い詭弁である。
人は一人で生きているわけではない。よく使われる表現だが、別に名言ではなく事実である。孤島で暮らしてるわけじゃあるまいに。
そして人が二人以上いれば、当然意見のずれがある。殴り合いで勝った方の意見を採用……というのが正しいかもしれんが、それはちとアレだ。
そこで人は「意見の摺り合わせ」を行う。要は政治だな。範囲が広まり、二人が100人になっても、町が国になっても基本は同じだ。
思想信条の自由は尊重するが、100%それを認めれば社会が成り立たない。落とし所、共通認識、「常識」が必要不可欠になるわけだな。
つまり常識には強制力が伴う。同意・納得できるか、そういう問題ではない。「そう決まっている」のである。お前の意思は知った事じゃない。
「何で人を殺しちゃいけないの?」とガキが問えば「そう決まってるからだよ」でいいのである。舐めたこと言ってないで勉強しろ。チッ。
人間社会に暮らす以上、常識に逆らう奴は敵である。唯々諾々と従い、身に付ける。生きる為に覚えろ。……人生厳しいのう。はぁ。
そうは言っても現代社会、常識は難しい。そもそも誰が常識を定義するのか? 「共通認識」というあやふやな存在だけに、責任者がいないのである。
それに常識は、時代によって形が変わり、数もどんどん増える。現代と江戸時代では、若しくは日本とアメリカでは常識が全然違う。
原始社会でならそれこそ「殺しや盗みはダメ」程度で済んでいたかもしれんが、人間社会が複雑になるにつれ、儀礼的な常識が鰻上りで増えた。
一方で時代が変われば常識も変わる。昔は当然だったことが今では禁忌になったり、少し緩くなったり、或いは存在すら消えていたり。
数がどんどん増え、形はガンガン変わる。無茶苦茶な話ではあるが、これが常識だ。人間社会で生きる以上、文句を言わず受け入れるしかない。
んで、これがまた常識の難しいところなのだが……常識は「人には聞けない」のである。分からないから質問をするというのが難しいのである。
何せ常識「知っていて当然」の事柄である。それを人に聞くというのは、自分が「普通」の範疇から外れてる駄目人間だと公言するようなものだ。
「知らない」が普通として認められる子供時代なら別だが、形だけでも大人になってしまったら、常識は完備していて当然と見做される。
「常識を知らない」は人間社会的にかなりハイレベルな侮辱である。だからそうならないようにしたいのに、たずねる事が出来ない。
何とも悲しいジレンマである。だから人は本やネットでコッソリと常識を学ぶ。明日の虚像をより強固にする為に。人間社会で生きる為に。
まぁ、文句言ってもしゃーない。繰り返すが、常識に反抗は無意味、受け入れるしかないのである……。
そんな人間社会の隠れた化け物・常識界に、任天堂が救世主を放ってくれた。「いまさら人には聞けない大人の常識力トレーニングDS」である。
タイトルで「こっそりやれ」と煽ってるのが何ともイヤラシイよな。常識の真実を突いてる。客の需要を狙うのは商売の常識よ。
熟知しておかねばならないのに、実の所誰もがそれをしていない、或いはそれに不安を抱いている悪魔の共通認識、常識。
今作は多方面のそれを纏めたので、ゲームをやりながらこっそり学び、貴方の社会的虚像を保ってくださいねというわけだ。はっはっは。
俺もまぁその目的もあるが……中古150円くらいで売られてたので、何となく買っておき、何となくプレーを開始した。
ハッキリ言って常識力には自信がない。ならその数値を計ってみよう。不足しているならそのまま補えばいいし。
うーん、常識。当たり前だけど、俺も人間社会に生きている以上、これにがっぷり縛られているんだなぁ……。
今作には「売れた」という比類なき事実がある。それもむっちゃ売れた。累計150万本超えの大ヒットソフトである。
2006年という、ニンテンドーDSが社会現象を巻き起こし、本体入手が非常に困難な状況だった頃、今作は発売された。
周知の通り、DSの大ブームには「脳トレ」が大いに寄与しており、その流れを汲む今作はポスト脳トレとして最適だったのだろう。
実際今作は作りが脳トレにかなり似ており、流用している効果音もある。常識データの版権料はともかく、制作費はかなり安かったに違いない。
これが150万本売れたんだから、まことDSブーム恐るべしである。たった8年前、だがもう遥か昔、そして恐らく二度と訪れないゲーム景気……。
してゲーム内容だが、一言にすれば「クイズゲーム」である。無論ネタは常識関係。ジャンル・常識のクイズゲームである。
ごく一部に文字入力もあるが、大半は4択5択の中から正解を選ぶ問題が出される。正答を選べりゃマル、でなきゃバツ。分かり易い。
常識ジャンルは「礼儀」「知恵」「社会」等に区切られ、更に「四季」「手紙」といった細かい分類もある。まぁあまり意識する必要はない。
一日に提示される問題数は決まっていて、数日間でジャンルを一周すれば、ジャンルを総合した「常識力テスト」が行われる。まぁやる事は同じだが。
常識力テストの結果、「貴方の常識力は〇〇点です」と評価される。それが高くても低くても、また次の日からは常識クイズが始まる。
……ま、こんな内容だ。今作はぶっちゃけゲーム性が低い。商品の性格から、確信的にゲームではないのかもしれんな。
脳トレは、何気にキッチリ「ゲーム」だったと思う。特に算数の計算問題は、本質的にゲームと相性が良い面があり、バッチリ噛み合っていた。
誰でも解けるが、「素早く」「連続して」となると難しい。その正確さを、タイムを競う。同じ問題は出ないし、毎回紙を用意する必要も無い。
改めて見ても、題材選びとして見事だわな。脳トレの超ヒットは、作りが「ゲームだった」のも一因である。これ結構大事だと思う。
してみると……売れたとはいえ今作が脳トレの1/3以下だったのは、「ゲームの面白さ」という点で実にしっくり来るものがある。
今作がクイズゲームである。知っているかどうか、それだけだ。一部頭を使う問題もないではないが、9割は1か0かがデジタルに問われる。
知っていれば正解、知らなきゃ間違い、それだけ。もちろん当てずっぽうが正解になることもあるが、そんなの惨めなだけだ。
要するに今作はゲームとして面白いもんじゃない。脳トレの足元にも及ばない。敢えてそう作ってあるのかもしれんが、残念な事実であった。
「毎日楽しくトレーニング」なあちらと違い、こちらは「毎日頑張ってトレーニング」である。勉強性が強いとでも言うのかな。
……「常識」が人間社会に強いられるものだとすれば、ピッタリな形である。もちろん演出で娯楽性を出そうとしているけどね。はぁ。
ゲーム性が低く、よって面白さもさほどない。その辺は製作側も分かっていたのか、今作は毎日続ける為のケアが脳トレより優れていると感じた。
例えば、毎日5つのジャンルから2つを選んでトレーニング(3日目は1つ+総合テスト)をするんだが、逆に言えばそれ以上はできない。
今日はやる気あるから全ジャンル勉強するぞ~というのはソフト的に出来ないのである。多分。……可能かもしれんが、推奨してないのは間違いない。
他にも幾つかやれる事はあるが、それを全部纏めても一日でプレーする時間はかなり短い。これは決して短所ではなく、手軽だと感じた。
実際俺も、大してやる気などなかったのに、プレー開始からほぼ毎日電源を入れ、その日の課題をキッチリこなせている。
ゲーム性が薄く、刺激が乏しいから、敢えて一回のプレーでやれる事を少なくし、飽きとダレを防止する。
そこまで狙ってやっているのかどうかは分からんが、この調整は上手いなと思った。継続性で言えば寧ろ脳トレより上かもしれん。
脳トレはトレーニングが増えてくると、それが結構重かったりしたからな。まぁ全部やる必要もないんだけど、ゲーオタ的にはね。はぁ。
「常識を学ぶ」為のソフトだから、形はクイズだが、正否に関係なく、後で問題の細かい解説を見ることができる。
ここが今作一番の売りだろう。平易な言葉で丁寧に教えてくれるので、すんなり覚えられるはずだ。……もちろん覚える気があれば、だが。
また日を跨ぐと、前日に間違った問題が「復習」として纏められるモードもある。これは良いアイデアだなと思った。
出される問題に関しては(やる気さえあれば)キッチリ覚えられる作りになっている。自分なりにメモでも取りながらやれば完璧だろう。
ちなみに俺の常識力は、意外なことにゲーム開始当初から平均を上回っていた。10問中7~8問正解くらいのレベル。はっはっは。
プレー前は「貴方、こんな常識力では世の中渡っていけませんよ」とでも言われるんじゃないかとビクビクしてたのに。はっはっは。
得意なのは「知恵」、苦手は「礼儀」かな。まぁ納得である。礼儀作法関係はハッキリ言って嫌いだもんなぁ。
「拝啓-敬具」なアレや、食事の席での上座がどこかなソレ等である。……うーん、ウンザリだねぇ。どーでもええやろそんなん……。
そうはいかん。「そう決まってる」のが常識だ。異議は認めない。覚えろ。身に付けろ。文句を言うな。うああああ!!
まぁ正直、こういう(俺の立場では)滅多に使わない常識に関しては、その都度調べる付け焼刃方式でも別にいいやと思ってる。
それこそネットで手軽にできるんだし。毎年年末調整の時だけ「続柄」の意味を調べるのと同じよ。いい加減覚えろよ。はぁ。
一方でキッチリ覚えておきたい常識ももちろんある。敬語の使い方なんかは個人的な重要事項だ。拘っておきたい。
雑学的な面では、例えば「豚肉のヒレとは豚の体のどこのことか?」なんてのは、知らなくてちと恥ずかしく思った。覚えておきたいね。
結局現代の常識は多すぎるし複雑すぎる。全部網羅するなんて不可能だ。自分の生活に合わせて取捨選択し、身に付けておけばいいだろう。
「必須の共通認識」なのに最終的な選別は自分でするってのもおかしな話だが、それくらいはいーだろ。これもまた常識だよ。多分。はぁ。
ゲーム中には、一応進行役として、脳トレにおける川島教授に当たるお姉ちゃんが登場する。何と名称不明。俺は眼鏡さんと呼んでいた。
川島教授と違って愛想も何もないので、進行役以上の親しみは何も感じない。ここは手抜きを感じるなぁ。せめてポリゴンで作れよ。
多人数で対戦できるモードも一応あるが、単に回しプレーで正答数を競うだけらしい。非常に取ってつけた感に溢れてるなぁ……。
ネットに繋ぎ、他プレーヤーと自分を比較する機能もあるんだが、これはとっくにサービスが終了していた。まぁやってみたいとも思わんが。
メイン以外はかなり簡素、脳トレの流用みたいな出来で、ハッキリ言ってテキトー。一応定価は脳トレより1000円高いんだが、版権料なのかな。
ふぅ。
今作に収録されている問題数がどれくらいか知らんが、まぁ被りが目立たなくなるまではテキトーに続けようと思う。
今作において常識とは知識・良識・見識とされているが、俺はあるべき常識とは「心構え」じゃないかと思うんだよな。
常識とは、人間社会を円滑に回す為に自然発生的に生まれた共通認識である。ならば概ね場に対して合理的であり、納得できるもののはずだ。
だからその常識を知らなくても、「そうあろう」という心構えをしていれば、少なくとも大きく外して失礼を晒すようなことはあるまい。
逆に幾ら常識を知っていても、単にそれを行使しているだけでは美しくない。俺らが生きているのはあくまで泥臭い人間社会なのだから。
常識を学び、かつ未知の場面でもそうあろうとする心構えをしておき、また臨機応変に対応する。完璧。これならどこへ行っても通用するね。
……それが出来るかどうかは知らんけどな。あー全く人間社会面倒臭ぇ。アイツ鬱陶しいから殺してええか? 何で殺しちゃいけねーんだよ。
はぁ。
ネットを見ても、現実でも、「その人にとっての常識」がおかしいと感じるのはよくある。
無論この場合、間違ってるのは俺の方かもしれない。常識ってのは正解がきちんとあるとも限らないのだ。……もう無茶苦茶だな。
例えば、電車で席が埋まってる時、老人が乗ってきた。「お年寄りに席を譲る」のは常識である。が、俺は必ずしもそうとは思わん。
人にはそれぞれ事情がある。老人が元気で若者が疲れて席に座っていても別におかしな話ではない。杓子定規的に判断できるもんじゃない。
また、老人側がこれを嫌がるケースもある。「俺を爺扱いするな!」と。いるんだよ、そういう歪んだ輩が。口に出すのはよっぽどだが。
乗車時間も絡んでくるだろう。ひと駅しか乗らないのなら席が空いてても立つって人もいる。そんなの当人にしか分からない。
もっと言えば、そもそも同じ料金を払っているんだから、早い者勝ちに文句を言われる筋合いはない。金の話は最優先の「常識」だ。
……などだ。もちろん席を譲って「いい」話になるケースが多いだろう。でもそれを常識扱いすることには俺は違和感がある。
常識とは無条件に従うべきもの……とは分かっているんだが、自我過大気味の現代社会に生きてると、生意気にも、色々とな。
つくづく、難しい。どこまでが常識なのか、どこからを自由判断で動いていいのか。それを見極め、適切に快適に生きる知識。
……残念ながら、今作をプレーしても、そんなもん教えてくれない。自分で実生活で学んでいくしかないんだなぁ。
今作は大ヒットしたが、完全に一発ネタであり、続編なんてまずあり得ない。実際出ていない。まぁ賢明な判断である。
なんせ大御所の脳トレですら、続編の鬼トレでは売上が1/15くらいにまで落ちてしまったのだ。今作の出る幕なんてどこにもない。
何より今は任天堂の天敵・スマホの糞野郎どもが跋扈している。奴らのせいで、奴らのせいで……っ!! 畜生悔しくてたまらない。
今作はどう見てもスマホアプリな作品である。今出るとしてもそっち。3DSでなど誰も望んでいない。それが現実。それが常識。はぁ。
あれだけ世がDSに熱狂していた時代から、たった8年でこの変貌である。人の世の移り変わりが残酷なまでに分かる。
テレビを観るのが常識になり、インターネットの存在が常識になり、スマホを持つのが常識になり……次は、何が来る?
何が来ようと俺らに選択権はなく、ただ「そういうことになっている」と受け入れるしかない。偉いのは世の中だ。
ゲーム=ゲーム機にソフトを入れて遊ぶ の常識が崩れるのも間もなくだな。その後、それは当然「非常識」に……!?
はぁ……。